関則雄 と Judith Rubin教授の対談 (2)
関 則雄 / 当法人代表理事
Judith Rubin / 元アメリカ・アートセラピー学会会長、同終身名誉会員
アートセラピーの有効性のエビデンス

実は以前に、ある大学でアートセラピーの修士課程プログラムを創設する可能性をめぐって、アートセラピーをアピールするチャンスがあったんです。そして会議をすることになり、テレビ電話で学部長と話しました。そこで学部長は、心理学や心療内科の先生方も列席させていました。

ああ、すばらしい!

そこでは、学部長は自分自身の意見を述べませんでしたが、年配の医師が私に、「私が医者になる時、最も重要なことはエビデンス(証拠)だ、と言われました。
あなたはアートセラピーの有効性のエビデンスをお持ちですか。そのエビデンスを見せてください」と言ってきました。それが最初の質問ですよ。
私は心理学的なことについて答えましたが、彼は「それはエビデンスではないです」と反論されました。
このような場合、アートセラピーの有効性の証拠についてはどうやって話したらいいんでしょうか。
何年も前になりますが、アメリカ・アートセラピー協会(AATA)の学会で「エビデンス」を大会のテーマにしていたときがあったと思うんですが。

それは現在でも大きな問題ですね。偶然ですね、昨夜、AATAの研究委員会の委員長をしている女性と電話で話したところなんですよ。
このワシントンDCでの会議のために提案したことのひとつが研究円卓会議だったんです。
それから先ほどもお話をした会議では、特に医療現場におけるクリエティブ・アーツセラピーを組織しています、精神科ではありませんよ。
ということで、ダンスセラピーからミュージックセラピーやドラマセラピーまでたくさんの人を招待することにしました。
円卓会議では、まさにあなたが質問してきたような問題について、今現在どれくらいのエビデンスが私たちにはあるのかということを話し合うことになります。これは臨床現場に大きな変化をもたらすことでしょう。
ジーン・コーエンという男性をご存知ですか。

はい、ジーン・コーエンですね、知っていますよ。高齢者について研究されていた人ですよね。

そう、そのとおりです。

2007年のノース・キャロライナでの表現アーツセラピーの国際大会でお会いしたことがあります。

そう、その人です!
奥様がウェンディ―・ミラーといってIEATA (International Expressive Arts Therapy Association / 国際表現アーツセラピー協会)の設立者の一人で、アートセラピストなんです。
それからジーンは残念ながら、ご自身が高齢者の仲間入りすると同時に亡くなりました。数年前に亡くなった時、確か65歳だったと思います。ひどいガンになった時が64歳だったと思います。
でも彼の研究が現在のところ効果のエビデンスを示した唯一のリサーチです。いや、唯一のというべきではありませんね、他にも特にミュージックセラピーの研究がありますから。
彼はアート・アクティビティーを提供しただけで、実際にグループを行なっていたもののアートセラピストではなかったので、基本的にはアート教室でした。
それでも、アート・アクティビティーの有効性を証明し、その結果、参加した高齢者が自分自身についてどう感じているかというだけでなく、どれだけ健康であるかにも大きな違いをもたらしました。
ですから、より多くのこのようなエビデンス・ベース(証拠に基づいた)の研究が要求されています。
最近アートセラピーの研究に関する2冊の本が出版されました。ひとつはイギリス人アンドレア・ギルロイの「Art Therapy, Research and Evidence-based Practice」と、もうひとつは、プラット・インスティチュートを卒業したリン・カピタンの「Introduction to Art Therapy Research」です。
個人的な意見ですが、研究に関してはミュージックセラピーがアートセラピーよりかなり先を行っていると思います。ダンスセラピーは研究が始まったばかりです。確かに扱いづらい研究です。
ショーン・マクニフを始め、たくさんのアートセラピストが質的研究と呼ばれる研究やアート・ベース(アートに基づいた)研究と呼ばれる研究を行なってきました。
しかし、そのような研究は、あなたに「エビデンスはあるんですか。」と質問してきた方のように、医師には説得力がないんですね。
一年間アートに取り組んだ人は、主観的に自分自身についてより肯定的に感じるかもしれませんが、そのような研究では客観的な証拠にはなりません。
ですから、医療専門家を納得させるのは非常に難しいんです。大きな課題ですよね。
状況は以前より良くなってきているとは思います。なぜなら最近のアートセラピストは研究に関してよく訓練されていますから。
また、アメリカでは、まだまだ新しいほうですが、たくさんの博士課程があります。
博士課程では、多くの(客観的な証拠が得られる)量的研究がされるようになってきています。修士課程でこのような量的研究をした人もいますが、それほど多くはありません。

個人的な質問になりますが、あなたご自身は、このような量的研究を支持しますか。

クリエティブ・アーツセラピーストを雇用したり、保険を適応して保険料を支払う立場にある人たちに対して、アートセラピーは単純にクライエントが「気分が良くなりました」ということ以上の違いをもたらすという有効性を証明する方法を見つけ出さなければいけない、と私は思います。
おそらく最も向上するのはQOL(生活の質)でしょうが、その点に関して多くの人が測定尺度を開発中です。
正直、政治的にもその必要があると思います。そのような努力をしないことは、愚かだと思います。なぜなら、大きな問題のひとつに資金の調達があるからです。
アメリカでさえ、アートセラピスト養成プログラムで、二重盲検研究(double blind studies)と呼ばれる大きな研究のために充分な研究対象を集めるために、大学からの予算を獲得するのは非常に難しくなっています。
おもしろい話を思い出しました。おもしろいというよりは、ちょっと悲しい話ですが。でもこれまでのお話に関係があるのでお話しします。
私の初めての大学の職場でのことですが、当時の児童精神医学の研究責任者がアートセラピーに興味を持ってくれて、私が研究を行えるように支援したいから、「どんなことを研究したいんだい?」と言ってくれました。
それで私は長々としたリストを渡しました。私は研究をしたくて仕方なかったのですが、研究をするためのちゃんとした訓練をされていませんでした。それでも、彼はとても協力的で、本当に予算を獲ってきてくれました。
ところが、私が最も研究してみたかったことに、彼はまったく興味を見出してくれませんでした。昔も今も変わらない問題です。人々がアートの体験をするのに、アーティストがそのグループを指導するのとアートセラピストが指導するのとで、いったい何が違うというんだ、というわけです。
私は、誰かにアート・アクティビティーを指導してもらうけれどもその後の話し合いはせず、ただアートを教えるだけというグループと、それとは別の人にアート・アクティビティーを指導してもらって、その後の自己理解のために作品や制作過程の振り返りを話し合ってもらうグループ、というふうに対応群を比較するのはとても良いことだと思っていました。
それに対して、彼の言ったことは、「そんな研究は誰の役にも立たないよ」でした(笑)。
でもね、きっとアートセラピーの分野には役に立ったと思いますよ。その研究の配景として私の頭にあったことで一番おもしろかったことはイーディス・クレーマーとマーガレット・ナウムブルグの論争のことでした。
当時、イーディス・クレーマーは、「違う、違う、アート自体がセラピーなんです」と主張し、マーガレット・ナウムブルグは、「いいえ、アートサイコセラピー(アート心理療法)であるべきです」と主張していました。
ですから、私自身、アーティストと呼ばれる人のことは考えてさえいませんでした。考えていたのは、すばらしい作品をつくることが主な目的としたアートセラピストでした。
私は、対照研究をすることは興味深いのではないかと考えました。さらに第三の対照群には別の誰かとアート・アクティビティーをしてもらい、またその対応群と...というふうに。
まぁ、とにかく、あの研究責任者を説得することはできませんでした。そんな研究が実は役立つものなんだろうと思います。
私たちアートセラピストは、まだまだ評価をする良い測定尺度を見つけなければなりません。それが大きな課題のひとつです。今日、研究に利用できる道具は以前よりも多少良くなってきました。
たとえば、ある人が絵を描いている間に脳では何が起こっているのかを見る脳のスキャナーを使った研究をしている人もいます。
また、アートを制作してもらっている時だけでなく、絵を鑑賞している時には脳にどんなことが起こっているのか。エンドルフィンは刺激されるのか。なぜ気分が良くなるのか。
そのようなことが新しいアイディアとして研究されています。すごくおもしろいですが、まだまだそれらは基礎研究的なものですね。
研究は重要だと思いますよ。アートセラピストにとって関連分野と連携することは、研究資金調達にもつながってくるので非常に大切です。
二日前、高齢者と働く、女性のアートセラピストが訪ねてきました。彼女は、アルツハイマーの進行の痕跡を追跡できると考えているそうです。
また、アルツハイマーだけでなく、うつ病の病期のしるしを見分けることもできるというのです。彼女は協力してくれる神経学者と連携しています。
非常に幸運なことに、その神経学者は医科大学病院と提携しているそうで、病院の審査委員会に提出して研究費を獲得するために、彼女に研究概要を作るよう後押ししてくれているそうです。
研究費を得るのはとても複雑な行程です。しかし、今は社会的関心も高くなってきてるので、チャンスだと思います。
私は楽観主義なので、いつも希望的観測をしますが、チャンスは確かに来ていると思います。あとはアートセラピストがそのチャンスをつかみ取るだけです。
イギリスで最近ダイアン・ウォーラーが「アートセラピー研究センター(Center for Arts Therapy Research)」をする共同研究所を設立しました。それを受けて、実は私もイギリスのミュージックセラピストに聞いてみたところ、彼女もダイアンを知っていて、この研究所はきっとクリエティブ・アーツセラピーの分野に変化をもたらすだろうと言っていました。
なぜなら、それぞれの分野の垣根を越えてセラピストが手を組むきっかけとなったからです。
しかし、このダイアン・ウォーラーの研究所の設立も大学の心理学者と研究技術者の協力が不可欠でした。すでに確立した分野の専門家と連携する必要があるという話に戻ってしまいましたが、研究は重要である、そして他分野との連携が必要だ、ということですね。

そして私たちアートセラピストはこの問題を避けては通れない、と。

ええ。だって相手にしてもらえなくなりますよ(笑)。ミュージックセラピストは、たとえば手術中に音楽を流していると麻酔が少なくて済むという効果などの研究結果をうまく発信しています。確かに強力な証拠ですよね。

しかし手術中に患者に絵を描いてもらうのは無理ですからね(笑)。

確かにそれは無理ですね(笑)。
アートセラピーの効果を証明するための研究を考え出すには創造力がいりますね。証明したい効果を測定するにはどんな測定尺度を使ってするのが良いのかを判断するために、クリエィティブに考えられる力が要求されますから。
難しいですが、していかなければならないことだと思います。
昔に比べたら増えたと思います。AATAのホームページに行けば、効果に関する研究をダウンロードできますよ。

なるほど。

会員でないといけませんけどね。

効果に関する研究はミュージックセラピー協会のホームページからもダウンロードできるんでしょうね。

どうでしょうね。一般的なものを除いて非会員でもダウンロードできるかどうかは、ちょっと分かりませんね。
でもミュージックセラピーに関する出版物でしたらきっとたくさん見つけることができるでしょう。

出版物もそうですが、彼らが何を行なっているのか、研究の手続きについては...。

よく発達しています。ダンスセラピーも近いところまで来ています。かなり努力が見られますね。

しかしダンスセラピストはアートを使ってダンスセラピーの効果を評価していますよ。たとえば、人物画テスト(Draw A Person Picking An Apple from A Tree /PPAT)やバウムテスト(Draw A Tree)をダンスの後にしてもらう。このような研究をしています。

ええ、確かに行なわれていますね。興味深いと思います。しかし、あの医師を納得させるに足る説得力があるか分かりません。
なぜならバウムテストは、有効なテストだと思う人には効果が認められますが、有効性は認められないというのが一般的な理解になっています。そこが問題ですね。

全くその通りですね。

アートセラピーの効果を試す方法を見つけないといけないですね、誰から見ても納得できるような方法でね。

心理学の分野でさえも、主観性と客観性の区別を明確にしていなかったと思います。現代物理学の見地からでさえ、両者の境界があいまいになってきていますし。

その通りですね。主観的な要因を排除するのは非常に難しいことですね。しかし、客観的な測定尺度はより有効性が高いです。
たとえば、身体的に計測できるもの、心拍数なんかもそうですね。医者に診察してもらいにいく回数とか、痛みを軽減するのに必要な鎮痛剤の数とかですね。そういうのは客観的です。
アートに基づいた評価法は好きですが、アートセラピーの分野の外の人からみると納得できるものではないのだと私は思います。
(インタビュー:2013年1月14日)
(つづく)